和菓子トラベル

黒文字のこと

和食とお箸の関係のように、和菓子を味わうときに欠かせないのが菓子楊枝の「黒文字(くろもじ)」です。

フワフワのきんとんに、美しくかたどられた練り切りも、あの黒文字なくしてはスマートに食べることはできないでしょう。 「黒文字」と呼ぶように、素材は文字通り「クロモジ」の木。ふだん、なかなか目にする機会はありませんが、クスノキ科の低雑木で、木肌は独特の濃い緑色(黒っぽく見えることもあります)をしています。実際に木に触れてみると、思いのほか香りがよく、柑橘類のような爽やかな香りがします。

このクロモジの木は、標高千メートル程度の山の斜面に、スギやヒノキの下草として生えるそうで、楊枝の材料となる太めの木は、山の中を歩き回って探さないとなかなか手に入らない貴重なものだそう。ちなみに日本庭園では、古くから垣根の材料として使われてきました。

クロモジ垣。クロモジは日本庭園で使われる素材でもある。

クロモジがいつから菓子楊枝に用いられるようになったのかは定かではありませんが、やはり茶の湯とのかかわりは深く、あの古田織部の庭にあったクロモジ垣の枝を折って楊枝に使ったのが黒文字の起源というエピソードも残っています。 和菓子と黒文字の関係は、やはり茶の湯抜きには語れないようです。 ところで、黒文字のルーツはインドにあるって知っていましたか。なんとルーツをひもとくと、お釈迦様につながっているとか! そんなわけで、次回は黒文字のルーツを掘り下げる旅に出たお話です。


「黒文字」のルーツを訪ねて

① つまようじ資料室

黒文字は、そもそもクロモジ製の菓子楊枝です。つまり、「つまようじ」と同じ「楊枝」の仲間。だから黒文字のルーツはおのずと楊枝の歴史に重なっていきます。 そこで、大阪府河内長野市にある日本で唯一のユニークなミュージアム「つまようじ資料室」を訪れました。

つまようじ資料室稲葉さん

さっそく出迎えてくれたのは、つまようじ資料室管理人の稲葉修さん。稲葉さんは、老舗つまようじメーカー広栄社(現在は、つまようじのほかオーラルケア用品も扱う会社です)の会長でこの資料室の設立者です。日々、つまようじの知られざる歴史や文化を伝える活動をされています。 「たかが一本のつまようじですが、奥深いんですよ」と熱く語る稲葉さん。その言葉通り、日本の楊枝の歴史は、なんとインドのお釈迦様からスタートしたのだそうです。

海外で使われる歯木

楊枝は、仏教とともにインドから中国・朝鮮半島を経て日本に伝わりました。もともと歯木と呼ばれ、口の中を清潔に保ち、身を清めるための必需品とされ、仏教ではとても大切な道具です。歯木の材料はインドでは薬木のニーム、中国ではニームのかわりによく似た楊柳の枝が使われました。「楊枝」という名前が付いたのは、このためです。

つまり、初期の楊枝は、歯を磨く道具。のちに房楊枝(歯ブラシ)と爪楊枝(つまようじ)に分かれ、菓子楊枝となる黒文字が登場するに至ります。

ヨーロッパの細工楊枝

資料室には、そんな歴史にまつわる資料がいっぱい。日本のものだけではなく、ヨーロッパの豪華な細工物のアンティーク楊枝や、楊貴妃が使ったかも?なんていうお宝もあって、素晴らしい展示品の数々に圧倒されます。

京都には楊枝の神聖な力にちなんだ行事が残っています。有名なのが、三十三間堂の「楊枝のお加持大法要」。特別な楊枝で浄水をかけて、無病息災を祈る行事です。

黒文字を入り口に楊枝の世界をひもとくと、そこには思ってもみなかった深い歴史がありました。 いつもの和菓子をいただく道具としての黒文字が、なんだか清らかでとても尊いものに思えてきます。これも熱い「つまようじトーク」を繰り広げてくれた稲葉さんのおかげです。

リンク:つまようじ資料室
http://www.cleardent.co.jp/siryou/


「黒文字」のルーツを訪ねて

② 幻の「国産黒文字」

河内長野市の中心街から車を走らせて10分ほど。のどかな田園風景が広がるエリアにやってきました。ここに、国産黒文字の生産を復活させた菊水産業株式会社さんの工場があります。

河内長野周辺は、もともとクロモジやウツギがたくさん自生していたことから、黒文字やつまようじの生産地として発展した地域です。昭和初期には全国一の産地として名を馳せたそうですが、残念ながらいまはほとんどが安価な外国産にとって代わられてしまっています。いつのまにか材料のクロモジも入手困難になりました。 お釈迦様に始まり、伝統的な日本の菓子楊枝として発展をとげた黒文字ですが、そんなわけで長年、もはや国産は手に入らないとされていました。それが今年、菊水産業さんの努力によってついに復活したのです。

クロモジの木

国産黒文字の製造現場に一歩足を踏み入れると、なんとも爽やかなよい香りが。

クロモジができるまで

黒文字作りは、まずクロモジを洗い、節のない部分を選んで切ります。黒文字に欠かせない樹皮をつけたまま木を割り、さらに厚みと幅を一定にしていきます。四角く整ったら、長さを揃えて切ります。先端を三方から三角になるように美しく削るのがポイントで、もう一方の端は2ミリほど樹皮を落とします。完成までの工程は比較的シンプルに見えますが、不揃いな自然素材を加工するため、丁寧な職人技が要求されるのだそうです。

和菓子は、まさしく日本文化を象徴する食べもの。いつか国産の黒文字ですがすがしく和菓子をいただく日が当たり前になるといいなあ……なんて思った一日でした。

ちなみに菊水産業さんの黒文字やつまようじのブランドネームは「楠木楊枝(くすのきようじ)。」クスノキ科のクロモジを素材に使うから?と質問したら、創業したご先祖が、地元のヒーロー楠正成公の大ファンだったから……との答え(笑)。 菊水産業株式会社の末延秋恵さん、田畑雅之さん、ありがとうございました。

リンク:菊水産業株式会社
http://kikusuisangyo.co.jp/


取材・文  長友麻希子(ながともまきこ)
フリーライター&同志社女子大学非常勤講師。主な著書に「日本食探見(京都新聞出版センター刊)」、その他新聞連載等多数。長年、京都の食や伝統文化を中心に取材執筆しています。和菓子の世界には、日本文化のはぐくんできた知恵や美意識がたくさん秘められています。コラムを通じて、みなさんと一緒にそんな和菓子の素晴らしい世界を旅していけたらうれしいです。